2005
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■魂火行列の4役を募集しております!(締め切り2005.7/13必着)
■桃太郎祭り<岡山花火大会2005.8.5(金)>へ伝承される魂火行列(おにびぎょうれつ)
この「魂火行列」は吉備の国をテーマとした桃太郎祭り(8/5〜8/7開催)のシンボルとして「温羅の面」と「魂火」を総社・鬼ノ城〜阿宗神社〜矢喰宮〜吉備津神社など桃太郎伝説ゆかりの地をお参りしながら古代衣装をまとった温羅と吉備津彦の行列によって花火会場へ運び込むものです。
昨年に続き、総社阿曽地区の方の参加・協力により、花火大会の前日8/4夕刻から温羅の居城とされた「鬼ノ城」で温羅部隊が採火したものを阿宗神社でお迎えし、「火の祭り」を行い、泊り火をし、翌日、阿宗神社から出発した温羅の火と吉備津彦が吉備津神社「お釜殿」でいただいた2つの火を温羅・吉備津彦の合同により花火会場へ運び込みます。
「温羅の面」は、第ニ回1995年の「うらじゃ」の時、吉備津神社の境内で一夜を徹してつくりだした「たたら鉄」によって製作されたものをお借りします。「魂火」は神輿にのせ松明とともに花火会場へ運び込みます。
花火会場では着火セレモニーとして勇壮な「温羅太鼓」の演奏の中、入場する「魂火行列」。魂火が最初の仕掛け花火へ着火され、花火大会のオープニングとなります。
■2005魂火行列全体の流れ<8/4阿宗神社で火祭りと泊火を行います>(7.11現在)
※時刻は到着時間を示しています。ただし、15分程度の遅れが生じることがあります。
○8/4(木) 鬼ノ城(17:30東駐車場集合、温羅遺跡採火)〜奥坂(19:30)〜阿宗神社(20:00〜20:30神事/火の祭り;泊火)
○8/5(金) 阿宗神社(10:00)〜矢喰宮(10:50)〜鯉喰神社(11:20)〜吉備津神社(11:50/出迎え式/お釜殿神事12:20〜13:30)〜御陵(13:55)〜吉備津彦神社(14:30)〜青陵神社(15:00)〜白山神社(首塚15:40)〜津島(16:30うらじゃ踊り)〜花火会場(17:50着、19:00待機)
花火会場セレモニー(温羅太鼓19:15〜19:30)〜花火への着火(19:30)〜花火大会(21:00)
■魂火行列の立ち寄る桃太郎伝説ゆかりの地について
鬼ノ城(総社市阿曽)
古代朝鮮式城郭。温羅の居城と伝承されています。眼下に広がる黄金色に燃える吉備平野を見おろせば、実り多きこの地を巡る、壮大な伝説とロマンが浮かびあがります。本年はここでの採火を行います。
阿宗神社
温羅の妻阿曽媛が巫女をしていた神社。鬼の城の東の阿曽集落内にあります。ここでは夕刻の中「火の祭り」行い、泊火をします。
血吸川
吉備津彦と温羅の矢は空中でからみ合い勝負がつかない。命が1度に2本の矢を射ると一方が温羅の矢に当たり海中に落ち、もう一方が温羅の眼に命中しその血潮が血吸川に流れたと言われています。
矢喰宮
血吸川にそってしばらく行くと、双方の矢が空中でからみ合い落ちたという巨岩のある矢喰宮があります。吉備津神社と鬼ノ城は直線で約10km、ここはその丁度中間地点になります。
鯉喰神社
雉になって逃げる温羅を命は鷹になって追っかけ、鯉に化けて血吸川に入った温羅を鵜になって捕らえた所といわれているのが鯉喰神社です。
吉備津神社
吉備津神社は,四道将軍の一人であり、昔話の桃太郎のモデルとも云われる大吉備津彦大神を主神に、御相殿に八柱の神をお祀りする山陽道屈指の神社です。
古代以来の吉備地方の鎮護として名高い。現在の社殿は足利義満の命により応永32年(1425)に再建されたもの。本殿・拝殿は現在国宝に指定されており、その大きさ優美さ、長い廻廊に特徴がある。
御釜殿(おかまでん)
吉備津神社の境内にある土竈(つちかまど)があってそこに鉄釜がかけられ、その上に木製の甑(こしき)が載せられています。御釜殿には阿曽女(あそめ)と呼ばれる巫女が奉仕しており、毎朝の神饌(しんせん)を作り神前に供えています。
御陵(中山茶臼山古墳)
吉備津神社の南、吉備の中山の山頂にそびえる前方後円墳。古墳時代前期に造られたと言われ、全長120メートルの巨大な古墳。神話によると、吉備津彦命は温羅を退治したあと、吉備の国の統治にあたり、281歳の長寿を全うしたといわれ、ここに葬られた。岡山県内の宮内庁所轄2ヶ所のうちの1つで、正式名称を「大吉備津彦命御陵」といいます。
吉備津彦神社
命の屋敷跡に建てられた社。吉備分国のときにこの神社は備前側の一宮となりました。庶民や岡山藩主池田氏にも崇敬された吉備津彦神社。列もお詣りします。
青陵(あおはか)神社(谷万成)
温羅と命の戦いの際に討たれた二頭の鬼の首を葬ったところ。この神社のご神体は二つの鬼の面で裏に「青陵神殿」と書かれていたと言われております。社殿の後は、前方後円墳になっています。
首塚(首部:白山神社)
行列は温羅の首が晒されたという首塚に立ち寄る。その首は不思議なことに何年たっても唸り続け、吉備津神社の釜殿の下に埋められてもなおも13年間唸り、夢まくらの通り鳴釜神事をおこなうとハタと止んだと言われています。
■会場アクセス